株式会社やわら香の取締役を務める渡辺優子さんにお話を伺ってきました。渡辺さんは、鹿児島県の屋久島に移住された方です。
やわら香は、「香り」をテーマに、エッセンシャルオイルの抽出と販売などを行っています。
インタビューを読めばわかりますが、移住の成功モデルとも言える渡辺さん。特筆すべきは、「えいや!」と思い切って移住を決断したこと。
これから移住を目指す方は「田舎コミュニティの濃さ」「移住後のギャップ」「現地での仕事の種類」に注目して読んでみてください。それでは、どうぞ。
1社目で気づいた「生涯仕事を続ける大切さ」
(取材したやわら香のオフィス @屋久島)
移住までの経緯を教えてください。これまでは何をしていたのでしょうか?
愛知県のリラクゼーションサロンでアロマの仕事を5年近くしていました。
もともとはデザインの仕事をしていたのですが、30歳くらいになった時、これは一生できる仕事なのかな?と疑問に思いました。
この辺から転職を考えるようになりましたね。
というのも、物を作るサイクルが早かったんです。この早さでずっと続けられるかな?と考えてしまって。
大学が東京学芸大とのことでしたが、なぜデザインの道へ?
就職活動の自己分析で子供の頃からデザインがやりたかったことを思い出したんです。そこで、デザインができる会社を志しました。
学芸大ではスポーツ科にいて、デザイン経験がない学生は門前払いだったので、デザインを学ぼうと専門学校に行きました。その後、商品企画をメインとするデザイン会社に入りました。
デザイン会社からアロマの仕事に転職したきっかけは何でしょうか?
(デザインの仕事をしている時に)体調を崩したことです。そこで、アロマのサロンに行きました。
そこで、健康の重要性を痛感し、リラクゼーションの仕事だったら退職がないし、定年もないと思ったんです。
そういったこともあり、実際に転職したのですが、人とゆっくり向き合って話ができるので、向いていたんですよね。それまでは、接客なんて無理と思っていたのですが。
天職だったんですね。人と向き合って、相手を幸せにする仕事、というのが。
後付けですが、デザインをやりたかったのも、そうした動機があったんだと思います。手に取った人が元気になれるものを作りたかったんだと、後で気づきました。
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精油の製造現場を見て、憧れの地「屋久島」へ
そんな恵まれた環境を変えようと思ったのは、なぜでしょうか?
精油の製造にも興味が出てきたのと、憧れであった屋久島に住みたいと強く思うようになったからです。
勤めていた愛知のアロマサロンが、コンセプトチェンジして精油をすべて国産のものに変えたんです。隣県の岐阜も生産地だったので、作る現場へ定期的に通ってお手伝いしにいくようになりました。
そこで日本産の精油を作う理由、背景を教えてもらい、作る立場に関心が移っていったんです。屋久島は本当の森の姿が残っている場所だということも知り、憧れの場所になりました。
そういった経緯で屋久島へ?
そうです。旅行で行ってみました。その時に、「ここに住みたい」と思ったんです。でも、働いていた場所が充実していたので、決心できませんでした。
それでも、決断できたのはなぜですか?
人生一度きりだから、自分に正直に生きたほうがいいと思ったんです。そこで、正直な思いをブログに書きました。「仕事も家も決まってないけれど屋久島に行きます」の決意表明でした。
それを偶然にも、あきゅらいず(やわら香のグループ会社)の社員さんが見ていてくれ、ブログ経由で連絡が来たんです。それが2012年の年明け。仕事を辞めて、ぼーっとしていた時期です。
それからメールでやり取りしつつ、あきゅらいずのHPを見ていました。すると、違和感を感じなかったんですね。私と考えが似ていたので、絶対一緒に働きたいと思いました。
(やわら香の製品)
ちなみに、メールの内容はどんなものでした?
「わたしの勤めている会社が、渡辺さんの生き方や考え方とリンクするところが多いと感じるんです。一度、トップの二人と会いませんか?」というものでした。
その後、選考を受けるために東京へ?
はい。面接かもと思って行ったのですが、社長とお会いして「一緒に働くことが決まっているのかな?」と思える感じで接してもらえました。
そこで「名刺どうしようね?」と言ってもらえましたからね(笑)。そういった接し方をしてもらえたのは、ブログをさかのぼって読み、考え方を理解してもらえていたからです。
そこで移住を?屋久島には一度しか行かなかったということですか?
いえ。退職前にもう一度訪れているんです。見納めのつもりで。
というのも、勤めていたお店で「店長やらない?」という話をいただいていたんです。
店長をさせていただく上で、「屋久島に住みたいなあ」という思いを持ちながらだと、なんだかどちらも中途半端になってしまう気がして、屋久島のことを一度忘れようと思って、一人旅をしました。
でも、行ったことで「本当に屋久島に住みたいんだ」と気づいてしまったんです。そこで、見納め旅行の3か月後に住むことを決心しました。
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変に情報を集めないことで思い切って決断できる
2回の旅行で決めてしまうのもすごい気がします。勇気がありますね。
そうかもしれないですね(笑)。
でも、変に情報がない分、フットワーク軽く動けたのも事実です。情報があるほど迷ってしまうので。
事前情報がなかったことでギャップは生まれてませんか?
あまりないですが強いて挙げるなら、自分と向き合わざるを得ない時間が多いことでしょうか。
都会なら映画などの気晴らしがありますが、屋久島はないです。海などの自然は気持ちいいですが、そこに費やす時間が多いほど「私とは?」などと自己分析のように考えてしまうんです。
移住当初はお店も忙しくなく、そうやって考えてしまう時間も多かったですね。感情の起伏も多かったです。
そういった気晴らしや娯楽がないのはストレスではないですか?
いえ、ストレスではないですね。
もともとシンプルな生活に憧れていたので、いいかなと。お店自体もそういったゆっくり過ごせるようなコンセプトですし。
どうしても必要なものであればネットで買えちゃいますし。移住してみてわかったのですが、Amazonなどの配送で屋久島は離島料金に該当しないんですよ(笑)。これは結構驚きました。
田舎独特の濃さを好きになれたら移住は成功する
移住して困ったことはないですか?
台風や停電が多いことですかね。こっちにきて、台風対策として食べ物を買い込む、停電のためにコンセントを抜くという習慣を覚えました。
あと、私はないですが、島ならではのつながりの濃さがダメで帰ってしまう人はいます。
島の方はオープンです。近所の方が野菜を置いてくれている、近くの人がどこで働いているか知ってるから郵便物が職場に届くなんてこともあります。私はこれを面白いと思えるので、いいかなと。
日常以外で仕事で失敗した、と思ったことはありましたか?
ありました。移住したての頃に、出張スタイルでマッサージをしていたのですが、気合が入りすぎて屋久島のスピードとかみ合わず、突っ走ってしまったんです。
どういうことかと言うと、ここで遭遇したことを都度発信していたんですね。地元の方とこんな会話をしましたよ、のように。
すると、地元の方が「それは発信しないで欲しかった」とセンシティブになってしまったんです。これはとても反省する出来事でした。
屋久島は観光産業での独立も。Webワーカーもいる
渡辺さんのような働き方以外だと、どんな選択肢があるんですか?
働き口として多くは、観光に関わる仕事があります。宿、ガイドスタッフ、飲食店などですね。次に、福祉や介護です。
移住を機に自営業を始める人も多いです。「そらうみ」というジェラート屋さんがそうです。
地産地消のあたらしい試み。種子島の牛乳を使用して、同じく種子島産の海塩や安納いもで作ったミルクジェラートです。New challenge for local production for local consumption….
Posted by 屋久島ジェラートそらうみ Yakushima Gelato SORA UMI on 2015年9月26日
働き方を考えた上で、「今まで屋久島になかったけど、作ったら喜ばれそうなもの」を作るために脱サラしてジェラートを作ると決意されたそうです。
他だと、休みたい時に休んで労働に重きを置かない方もいます。さらに、退職後、家を買ってのんびり暮らす方もいますね。
手に職があってどこにいても仕事ができるタイプの人もいます。web系の人ですね。
他の地域のように役場に入る方はいますか?
います。森林管理職のように。木こりになる人もいますよ。
屋久島は漁業もあるので、漁師になる人もいます。第一次産業に関わる方も多いですね。
移住して決断力がついた
ぶっちゃけ、移住してきてよかったですか?
はい。よかったです。移住して潔くなれました。自分に必要ないものは要らない、のように決断力がつき取捨選択できるようになりました。また、屋久島を広める活動が楽しいのも大きいです。
さらに、屋久島に住むようになって、より一層周りに感謝できるようになりました。移住4年目なのですが、公私ともに周りに支えてもらって、ここまでこれました。
本当に感謝しかないです。
そうなんですね。生活も仕事も充実していて素晴らしいです。お話を聞かせていただき、ありがとうございました!
「人生は一度っきりなんです!」を痛感したよ
渡辺さんのお話で感じたのは、人生を後悔なく生きることの重要性。
移住前、仕事も充実しており、環境を変える必要もなかった渡辺さん。しかし、「どうしても屋久島に住みたい」という思いから移住に踏み切りました。
そこにあったのは「人生は一度きり」という考え方。よく考えると、僕が独立した理由もそれでした。
ブログ一本で食えることを証明したかった
会社員と兼業してブログを書き続けることもできましたが、どうしてもブログ一本で食いたかったし、それが可能だと証明したかったんです。
その際、勇気を出すために意識していたのが「人生は一度きり」という言葉。これ、経験した人間にしかわかりませんが、マジで大事なんですよね。
なので、「人生は長い。いつかやる」と考えている方はこの言葉の重みを実感して、今日からやれることに取り組んでほしいと思います。
情報収集はしっかりと
今回紹介した方のように、チャンスをつかむには普段から必要な情報を集めておく必要があります。
なので、移住を考えているなら、地方の求人がたくさん掲載されている転職サイト「リクナビNEXT」に登録して良い求人がないか定期的にチェックしておきましょう。
登録は無料ですし、登録しておくだけでスカウトが来ることがあります。移住の準備の一環として利用してみてください。
ではまた!